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備えあれば憂いなし。東日本大震災山元町「震災遺構中浜小学校」

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先日震災遺構を見学してきました。
2011年3月11日大津波が迫る中、児童や教職員、地域住民ら90人の命を守り抜いた小学校です。
現地でお話を聞いて感じたことは、命を救ったことは、決して幸運な偶然だけではなく、備えをした上で的確な判断が命を救ったと思いました。


通常は被害のあった校舎の内部も見ることができるのですが、最近校舎に落雷があり、安全確認が取れていないため、外部からの見学になりました。(6月頃には内部が見れるようになるようです。)

震災当時の校長先生がガイド下さり、震災当日の貴重なお話を伺いました。

現地に行って感じるのは、海の近くにあることと、近くに高い所がないということでした。
中浜小学校は、海から400メートルの近さであり、避難場所とされている坂元中学校へは小学1年生の足で歩いて20分以上かかる先にある状況でした。

命を救うことに繋がった大きな要因は、下記の項目かと感じました。

1、地震発生から津波がくると判断し、屋上避難を決断したこと。
2、前日に避難訓練をしていた事
3、校舎建設時に敷地全体を2m嵩上げしていたこと。
4、防災用の真空パックの毛布を準備していたこと。
5、第3波の大きな津波に第1波2波の引波がぶつかり小さくなったこと。
6、校庭に瓦礫が少なく、翌日自衛隊のヘリが着陸できたこと。

津波の速さは深1mくらいで時速34km、100mで10秒(オリンピックの短距離走選手並み)の速度になると言われています。
この知識をまず知っていることにより、歩いて避難場所へ行くことより、屋上への避難が最善と判断できたことが命を救う要因に繋がっていると思います。
また前日に防災訓練をしていたことで、子供たちも準備ができていた事も良かったと思いました。
防災ずきんの重要性も子どもたちが理解していたことも、良い方向に繋がったと思いました。
震災当日の夜は小雪が降るぐらいの寒さのなか、防災ずきんは防寒対策にもなったとの事。
また食料がない中、小学校体育館の小屋裏部屋という場所で一夜を過ごす為の枕のかわりにもなったとの事でした。

幸運なことも重なっている部分もありますが、校舎建設時の2Mの嵩上げがなければ、屋上まで冠水している状況でした。

これまでの災害から得た教訓を後世に伝え、ちゃんと準備したことが今回の命を救う事に繋がったと思いました。
現代を生きる我々は、またこの経験を後生に伝える使命があると思いました。
それぞれの立場、環境の中で感じた事を発信していく必要があると思いました。

最近はコロナウイルス感染症感染拡大防止の観点の為、外出に制限がありますが震災遺構など見学できるものがあれば、行ったことがない人は特に、現地に行くことで、感じるものがあると思います。

最近地震が多くなっています。
これまでの大きな地震、阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、を教訓に今自分に出来ることが何かを考える良い機会になりました。

私は耐震等級3を推奨しています。
住宅は安全と安心が必要です。
これまでの自然災害の事象を元に、後生に恥じない仕事を続けていきたいと思いました。


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